『マッドジャーマンズ』について

 この度、勤務先の花伝社(弊社)から翻訳を刊行することになりました。その名も『マッドジャーマンズ』……「マッドマックス 怒りのデスロード」ならぬ、「マッドなドイツ人」……?

 とはいえ、この本、モザンビーク人についてのストーリーなんです!
 

 モザンビークとは南アフリカの隣国で、元ポルトガルの植民地で、海沿いのリゾート地などもある、エビなどが名産の国ですが、私も弊社で水谷章・前モザンビーク大使の『モザンビークの誕生』が刊行されるまで、どこにあるかも、その歴史もまったく知りませんでした。(矢吹晋『習近平の夢』では、世界最貧国として紹介されています。)
モザンビークは近年、豊富な資源を背景に、日本企業の進出が相次いでおり、駐在員と思しき方のツイッターをいつも楽しく拝見しています。

 東ドイツでは、1970年末ごろから労働力が不足するようになり、他の社会主義国から出稼ぎ労働者を受けいれるようになります。ベトナムからは8万人が、そしてモザンビークからは2万人の労働者が東ドイツで働いていました。
 作家のビルギット・ヴァイエは、ケニアウガンダ育ち。2007年にモザンビークに住む家族を訪ねた際に、完璧なドイツ語で話しかけられたことがきっかけで、元出稼ぎ労働者=「マッドジャーマンズ」たち(現地の言い方で「ドイツ製」を意味しますが、もちろん「頭のオカシイドイツ人」という侮りも含まれています)への聞き取りをはじめました。
モザンビークに戻った元出稼ぎ労働者や、ドイツに定住したモザンビーク人など十数人からの聞き取りをもとに、架空の3人のストーリー(とはいえ、個々のエピソードは本当に起こったこと、だそう)をまとめたのが本書『マッドジャーマンズ』です。
 ドイツでは、2016年に「マックス&モーリッツ賞」という、とても大きなマンガ賞を受賞しています(隔年で選出されているので、最新受賞作です)。日本人では、中沢啓治大先生や谷口ジロー大先生が翻訳マンガ部門で受賞されています。

⇒*試し読みはこちらから!

 バンド・デシネなどに比べ、ドイツのマンガには、あまり馴染みがないと思います。私は2010年からの1年間、ハイデルベルクという古い街に、交換留学生として滞在していましたが、その間、ドイツ語の学習のために、ともかくたくさんのマンガを読んでいました。ドイツでは駅のキオスクでは、必ずミッキーマウスやドナルドダック、シンプソンズなどのマンガが売られています(結構高いです!)。他にも『タンタンの冒険』、『スマーフ』、『アドルフに告ぐ』(聞いた話ですが、当時はヒトラーの『我が闘争』が禁書だったので、『アドルフに告ぐ』で初めてその引用を読む人も多かったのだとか)、サトラピ『ペルセポリス』、シュピーゲルマン『マウス』などなど……。しかし、これらはすべて翻訳作品です。

 ドイツのマンガで真っ先に浮かぶのは、「ロリオット」でしょう!
[=https://www.coolinarium.de/loriot-fruehstuecksbrettchen-das-ei-ist-hart/essen-trinken/a-5480/]

 シニカルな1コマ漫画は、ドイツ語の授業などでも用いられることが多いです。
お世辞にも「ロリオット」は日本の可愛いマンガとは別物ですが、近年は、スイスでのイラン系移民のコミックエッセイや、日本に影響を受けた少女マンガ風の絵柄など、ドイツ語圏のコミックも深化を続けています。その最前線が『マッドジャーマンズ』です。
 特色の2色刷りですが、今回、印刷所の方にもご協力いただいて、現地と全く同じインクで刷っています。このインクは独特の匂いがあるので、ぜひ、実際にページに顔をうずめて香りを嗅いでいただきたいです。
 
 ドイツのマンガに話がずれてしまいましたが、『マッドジャーマンズ』は単に東ドイツの話でも、モザンビーク人の話でもなく、読み進めるごとに「あれ、自分と変わらない…?」というような錯覚というか、同情が沸き起こってきます。
 今回、作家の多和田葉子さまからも、以下のようなご推薦文をいただきました。

「わたしはこれまで少なからず東ドイツなど社会主義圏を舞台にした物語を読んできた。アフリカ文学やアメリ黒人文学を読んで近しさを感じることも少なからずあった。移民文学については、もう読み飽きたと思うことさえあった。ところがこのグラフィックノベルはこれまで知らなかった入り口から、私の中にすっと入ってきた。登場人物ひとりひとりにちゃんと体重があって、顔も身体も美化されていないのに目をひきつける。社会主義の歴史は個人的な記憶のディテールでできているんだなと思う。いつまでも同じページに留まりたくなるような愛おしい線の描く人間や事物。誇張のない、シンプルで驚きに満ちたアイデアが至るところに満ちていて、ページをめくるのが楽しかった。」


 多和田様、お忙しいところどうもありがとうございます!
 ぜひあなたも、「いつまでも同じページに留ま」ってみてください◎


山口侑紀

マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語